万祝と白浜海洋美術館について その3

藍と紅花で染められた「湯上げ」山陰地方を中心に子供が生まれた時のお祝いとして贈られた、湯上がりの乳児を包む為の布です。
藍と紅花で染められた「湯上げ」山陰地方を中心に子供が生まれた時のお祝いとして贈られた、湯上がりの乳児を包む為の布です。

今回の展示外ですが、写真の3枚の「湯上げ」
写真左中央、白浜海洋美術館の名誉館長 柳さんコレクションの明治時代の湯上げ
写真右と上に映っているのが、染裕制作の湯上げです。

古いモノ、時を経たモノが良いっていう訳でもないのですが
残って来たモノには圧倒的な存在感があります。

たぶん当時の職人、今から100年前の明治時代、筒描の糊置きも、藍の染色も時間をかけて丁寧な仕事してる。
庶民の生活にあった布は暮らしの中で使い込まれてしまい、なかなか綺麗な状態で保存されない運命だけれども、丁寧な仕事って100年後でも伝わるんですね。

めちゃくちゃな想像の世界ですが
こうして湯上げや万祝を眺めていると
「100年前の職人や当時の庶民」「染裕」「100年後に生きる人たち」
が僕の空想の世界で井戸端会議はじめます。

100年前職人:どうだい俺たちの仕事も見事なもんだろ、おまえさんも出来るか?

染裕:いやぁ、この染まりは見事ですね。。。何回染めたんですか?何人でどうやって染めたんですか?自分が染めたモノも100年の年月に耐えられるかな、、

100年後の人:人にとって衣食住は変わらないですよ、素材やスタイルは変わるけど。過去の暮らしから見直す事もあるから、万祝とその風習って大事な歴史ですよ

染裕:日本に暮らす僕らにとって、「魂のレジストリ」みたいのがあればきっと藍染や万祝って記録されてるんじゃないかって思うんですよ。今の時代って消えかかってる、忘れられそうな存在で、ケモノ道みたいなもんですよ、通る人がいないから道が消えちゃう、みたいな。染裕の筒描も100年後の人たちに微かでも伝わればいいなって思うんですよ、、。

そんな妄想会話が延々と繰り広げられます。。。

江戸時代後期の万祝の一部
江戸時代後期の万祝の一部

こちらは、白浜海洋美術館に保存されている中で
いちばん古い江戸時代後期の万祝の一部。
やっぱり布って、時の経過に耐えられないんですね。良い状態で保存されても江戸以前の布ってよっぽどの状態でないと現存されないですよね、正倉院やピラミッドみたいな特別な保存されないと。

今、僕らの暮らしにあるモノで100年後に何が残るんだろう
デジタルなデータなんて、いくらバックアップとっても
消えちゃう時はあっという間に消えちゃうから。

いろいろと回りくどく、いろんな事書いてますがまとめると、
万祝って現代の日本人からはほぼ認識されなく、白浜海洋美術館も来館者は寂しい賑わいですが、いつか長い歴史を通して日本人の暮らしや風習を振り返ったとき、ここに展示されている万祝が再認識される機会が必ずあるんじゃないかと思っています。もしかしたら、日本人より海外の方々が魅力を見つけてくれるかも、って。

白浜海洋美術館 名誉館長 柳和子さん、現館長の柳さんご夫妻と染裕
白浜海洋美術館 名誉館長 柳和子さん、現館長の柳さんご夫妻と染裕

今回、この場所で展示出来る事、大変に嬉しく思います。
もし、夏休みで白浜を訪れる機会がありましたら是非
白浜海洋美術館の万祝をご覧になって頂ければと思います。

2016年9月2日(金)まで白浜海洋美術館ギャラリーにて
染裕藍染筒描・衣類展示販売会開催中
毎週火、水、木曜日と悪天候などで臨時有

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