藍染め筒描の魅力 下 日本経済新聞 2013年9月15日 美の美 より


2013年9月15日(日)の日本経済新聞に
「藍染め筒描の魅力 下」見開きページで紹介されていました。
記事を一部抜粋してご紹介します。
素朴な美を愛した柳宗悦
 小さな灯 現代の匠が守る

庶民が日常使う工芸品に美を見出して民芸運動を先導した柳宗悦。
彼は大正から昭和にかけて衰退してしまった筒描にも新たな光を当てた。
絵画とは異なる筒描の素朴な暖かみを柳は愛した。

筒描の技法は古代からあったとみられるが、最古の遺物は室町時代のもの。
木綿が飛躍的に増えるのは江戸中期の元禄年間(1688~1704年)だ。
綿花の栽培が広がり、阿波(徳島県)特産の藍の生産も西日本を中心に活発になる。
木綿を藍で染めることが多い筒描は全国に流布し、各地に紺屋も増える。
豊かになった町人を主役にする民衆のパワーが台頭するのに伴い、筒描の需要も
膨らんでいった。
京都の扇絵師、宮崎友禅斎が友禅染めを豊かに育て上げたのもその頃だ。
友禅は筒描と技法は同じだが、絹に繊細な文様を描くデザインは、糊の骨太な線が特徴の
筒描を多彩にした。明治になっても筒描の全盛は続く。だが大正、昭和と
時代が下がるにつれ、化学染料と合成繊維が幅を利かせるようになり、
筒描は衰えていく工業化の波にのみ込まれ、天然素材を使った職人の手仕事が
次第に片隅に追いやられてしまった。

日本民芸館が収蔵する筒描は庶民の日用品が中心なのは当然だが、
中にはユニークなものもある。例えば、万祝は漁師の晴れ着である。房総半島のもので
素材は木綿、図柄は貝尽くし。二枚貝や巻貝、ハマグリか大アサリか。大漁旗の着物版
のようなもので、網元が大漁を持って帰った船頭に贈ったのかもしれない。だが、
勇敢な衣装というより気品のある晴れ着と呼ぶのがふさわしい。
「日本の人たちは外国のブランド品ばかりに目を向けて、美しくて価値のある
日本の「宝」を忘れてしまっている」とおもって店を開いた。
「絹より木綿が好き。温もりがあるから。筒描には子供や家族や家を思う
庶民の願いや祈りが込められている。文様や絵柄のひとつひとつに意味があり、
歴史がある。だから一段と美しいのです」。
そう話すエイミーさんは筒描コレクターでもある。
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